「アートをまとう七五三」後編 —— “好き”に耳を澄ませて、感性に導かれる一着を
大切な七五三の日が、子どもたちにとって「楽しかったね」と思える記憶になりますように。
そんな思いを込めて、コラージュアーティスト・井上陽子さんとの2度目のコラボレーションで完成した2025年新作着物。
前編では、衣装監修を担当した星恵との対談を通して、デザインと着物制作の舞台裏についてお聞きしました。
続く後編では、アートとしての「コラージュ」の魅力と井上さんの日々の創作の源についてお聞きします。
失敗を恐れずに手を加える——感性に従い、挑み続けるということ
「わたしにとって、コラージュは実験のようなものなんです」
そう語る井上さんの制作スタイルには、感性に従って“やってみる”ことへの潔さと、完成の一歩手前で立ち止まる慎重さが共存しています。
色や形、質感の異なる素材を重ねていく中で、ある瞬間にふっと立ち現れる美しさ。 配色のバランス、配置、余白や、質感。
それらが思いがけず調和することで生まれる奥行きや空気感こそが、井上さんの感じる“コラージュの魅力”です。
「どんな素材をどう組み合わせるかで、見えてくるものが変わってくる。下にあったものが、ふと透けて見えたり、思わぬ形が浮かび上がったり。作品の完成には何かがぴたっと収まる感覚があるんです。一方で、あともう少しだけ手を加えたら、もっと良くなるのでは…と迷うことも」
“9割できているけれど、最後の1割が決めきれない”
そんな時、井上さんは半年から1年ほど作品を“寝かせる”ことがあるそうです。
「しばらく時間をおいてから見直すと、“あ、これだったかも”って思えることがあるんです。最初に感じていた怖さや迷いが消えて、素直な気持ちで向き合えるようになる。もちろん、勇気を出して最後の一手を加えたことで、全部を壊してしまうこともありますけど(笑)」
けれど、その“一手”を恐れずに挑み続けることが、井上さんの作品に静かな力を宿らせています。そして、この感覚を信じる姿勢は、今回の着物づくりにも通じていました。
あらかじめ「3・5・7」をテーマにするという方向性はあったものの、どのように数字を取り入れるか、どう配置するかは、素材づくりの段階から試行錯誤の連続。
アナログで手を動かしながら、デジタルで構成を調整し、繰り返していく。
行きつ戻りつしながら、少しずつかたちにしていくプロセスの中で、井上さんは感覚を頼りに作品に向き合っていきました。
「コラージュだけでなく、料理や人との関わり方なんかも、素材の組み合わせ次第でその良さが引き出されたり、活かされなかったりすることがありますよね。そういう“ものの見方”も、作品を通じて表現できたらと思っています」
今回の着物制作には、素材と感覚、技術が丁寧に重なり合う過程を経て、作品に向き合い続けるアーティストのまなざしが、そのまま着物に映し出されています。
写真とコラージュ——“瞬間”を捉えるという表現の共通点
旅の途中でふと見つけた光や影、部屋の中に差し込む一筋の朝の光。
井上さんにとって、写真はそうした“日々のかけら”を捉える大切な手段であり、同時にコラージュのヒントにもなっているといいます。
「写真って、一瞬を切り取る行為ですよね。光の角度とか、影のかたちとか、“あ、今綺麗だな”って思った瞬間をとどめておける。その感覚が、コラージュの素材を重ねるときにもすごく影響していると思います」
(写真)日々の制作のヒントにもなる、アトリエの風景
何気ない風景の中に潜む美しさを感じ取ること。 そして、それを残しておきたいと思うこと。
そうした感覚の積み重ねが、作品にじわじわと染み込んでいく。
井上さんはそれを“発酵”と表現しています。
「写真に撮ったものを、何度も見返すうちに、身体の中に沁み込んでいく感じがあって。それが時間をかけて熟成されて、やがて作品として浮かび上がってくるような感覚です」
完成された構図よりも、偶然入り込んだ光の動きや、それによって生まれる景色に惹かれる。そのときの空気ごとすくい取るようにして撮られる写真は、井上さんの表現のベースになっているのかもしれません。
「いいなと思うと、気が付いたら何枚も撮っていて。撮っている枚数が多いときって、自分の中で“これは大事だ”って感じている証拠なんですよね」
井上さんの作品には、その瞬間にしか出会えない“かたち”が静かに息づいています。
クッポグラフィーのフォトグラファーがシャッターを切るのも、きっとそんな「今、この瞬間」の表情に出会えたとき。決められたポーズではなく、その子らしさがふっとあらわれた一瞬を撮影しています。
写真とコラージュ。
表現のかたちは違っても、どちらも偶然を楽しみながら、今をとどめておくという点で、どこか似た感覚があるのかもしれません。
『好き』『うれしい』『きれい』——
「子どもたちには、そんなふうに心が動く瞬間を大切にしてほしいです。その感覚にそっと耳を澄ませて、自分なりの“好き”を育てていってほしいですね」
インタビュー日:2025年7月
取材・文 鈴木美穂